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Research

その笑顔、誤解されるかも? 日本人とグローバルなコミュニケーションを考える

外国の方と接していて、自分の伝えたいことがうまく伝わらない、あるいは相手の意図がよくわからないと感じた経験はありませんか?
そんな時は、言葉以外の文化の壁も原因の一つかもしれません。

異なる文化背景を持つ人々と接する時、私たちはどのようなことに気を配れば良いのでしょうか。
そのヒントを探るべく、異文化間のコミュニケーションの中でも、特に日本人と中国人のコミュニケーションに注目して研究する人間科学部 心理・行動科学科 准教授の木村昌紀先生にお話を伺います。

PROFILE

木村 昌紀心理・行動科学科 准教授

大阪大学大学院人間科学研究科博士課程を修了。日本学術振興会特別研究員、大阪大学大学院人間科学研究科助教、 神戸学院大学人文学部人間心理学科講師を経て、2012年から神戸女学院大学に着任。2013年日本心理学会第77回大会で特別優秀発表賞ほか受賞多数。著書に「対人社会心理学の研究レシピ -実験実習の基礎から研究作法まで-(北大路書房)、「ことばにできない想いを伝える -非言語コミュニケーションの心理学-」(誠信書房、翻訳)など。

日常の中でコミュニケーションの違いを実感

対人関係心理学を専門とする木村先生。なぜ日本人と中国人のコミュニケーションに注目するようになったのでしょうか?

「これまで心理学の分野では、欧米と東アジアを対比する研究が多く行われてきました。たとえば、欧米は個人主義的で東アジアは集団主義的、メッセージを伝える傾向も欧米は直接的で明確、東アジアは間接的で不明瞭といった対比です。こうした欧米と東アジアの比較だけでなく、東アジアの中での多様性も考えていく必要があると考えました」

たしかに同じ東アジアと言っても、日本と中国や韓国ではコミュニケーションにかなり違いがありそうです。東アジアと一括りにするのは少し無理があるような気がしますね。

もう一つ、実は身近なところにもきっかけがあったと木村先生は続けます。

「大学院の同期の一人に、中国からの留学生がいたんです。彼と何か一緒に研究できないかと話をしていて、日本人と中国人のコミュニケーションを比較してみようということになりました」

大学院時代からの同期であり、現在も共同研究者である毛新華先生(神戸学院大学心理学部 准教授)について、木村先生はこんなエピソードを聞かせてくれました。

「ある時、毛先生と2人で話していると、彼が急にぐっと近づいてきたことがあって。普段とは違う距離感だったので僕がどぎまぎして少し後ろに下がると、彼がまた距離を詰めてくる。すると僕がまた後ろに下がる。そんなやり取りがありました。実はこの時、毛先生はちょっとした実験をしていたんですね。『私がちょうど良い距離感は、本当はこれくらいなんです。でも日本人はこんなに近づくと嫌がるだろうから、日本人の感覚に合わせて普段は離れていたんです』と後になって教えてくれました。『僕が近づくと木村先生は逃げていましたよね』と言われて、そうだったのかと(笑)」

「アジア社会心理学会」の発表時の木村先生(左)と毛先生(右)

日本人と中国人では、心地よいと感じる距離感、パーソナルスペースが違うということを改めて実感した木村先生と毛先生は、こうしたコミュニケーションの違いを実験で計測して比較しようと共同研究を始めました。

コミュニケーションの違いを実験で明らかに

初めに行った実験は、協調的な状況でのコミュニケーションについて。日本人同士、中国人同士を比較する際、対人関係の種類にも注目して初対面の人、友人関係でペアを組んで行われました。社会問題についてテーマを設定して2人で会話をしてもらい、その様子をビデオカメラで撮影して分析するという内容です。

この実験から、日本人のほうが中国人よりもよく笑い、よく頷き、一方で、中国人は相手を見る視線の量が多く、対人距離が近いというそれぞれの特徴が見えてきたと、木村先生は研究データを示します。

木村昌紀・毛 新華による共同研究 (2013)を元に作成(※1)

このような日中の差は、コミュニケーションにどう影響するのでしょうか?

「中国人は全く笑わないわけではなくて、本当に楽しい時に笑う。だから日本人が楽しくなくても笑顔で頷いていたら、好意や同意の表れだと受け取られて、誤解が生じる恐れがあります。また、中国人は距離が近く視線量が多いので、見つめられ続けた日本人は圧迫感や緊張感を覚えるかもしれません」

なるほど、思わぬ誤解を生んでしまったり、知らず知らずのうちに緊張感を持ってしまったりする可能性があるんですね。こうした特徴を事前に知っておけば、それを踏まえた対応ができそうです。

続いて行った実験は、葛藤状況でのコミュニケーション。これは第一弾のような協調的なシーンではなく、あえて非協調的なシーン(葛藤状況)を作って実験を行ったと言います。

「協調的なコミュニケーションでも二カ国の差は見られたのですが、思っていたほど大きな差はないなという印象がありました。先行研究で示されてきたような、調和を重視する日本人と中国人の共通点があらわれていました。もっと込み入った、こじれるような話し合いをする時の方が、両者の差が大きく出るんじゃないかと考えて、第二弾の実験を行いました」

第二弾である葛藤状況の実験は、架空の設定を作り、参加者が登場人物として役割を演じるというもの。その設定とは、共同のレポート課題の締め切り直前に「旅行に行きたいからレポートをやってほしい」と押し付ける役と、それを断る役を与え、2人で会話をしてもらうという内容です。

話がこじれそうな、なかなか気まずい状況ですが……。どのような日中の差が見られたのでしょうか?

「この実験では、自分と相手のどちらを重視するかという観点から、対処行動を5つの項目にして分析しました。たとえば、自分を抑えて相手に配慮するのが【譲歩】、逆に自分を重視して相手を考えないのが【主張】。両方を考えるのが【統合】、両方考えないのが【回避】、妥協点を見つけるのが【妥協】。この5つを分析すると、【譲歩】以外の4項目で中国人のほうが数値が高くなりました。【妥協】や【回避】は日本人のほうが高くなると予想していたので意外でした」

木村昌紀・毛 新華よる共同研究 (2016)を元に作成(※2)

また、感情状態を比較すると、ポジティブな感情やリラックス状態は中国人のほうが高く、ネガティブな感情は日本人が高かったと言います。

「これらの結果から、日本人よりも中国人のほうが葛藤状況のコミュニケーションをポジティブに捉えていたと考えられます。日本人は協調的なコミュニケーションはそれほど不得手としないけれども、非協調的なコミュニケーションは中国人に比べて苦手だと言えるでしょう。日本人はそもそも葛藤状況を作らないように予防するので、いったんそういう状況に陥るとすごく苦手というか、消極的になってしまうのではないでしょうか」

木村昌紀・毛 新華による共同研究 (2016)を元に作成(※2)

込み入った話し合いが苦手だからこそ、そうならないように事前に避けるというのは、筆者にも思い当たる節があります……。意見が対立した時、自分の考えを伝えるのはなかなか難しいと感じてしまいます。

「中国人は揉めている時こそしっかり意見を伝えあって、落としどころを見つけていくことを重視します。ですから、中国人からすると『日本人は積極的に対処せず誠実でない』と感じてしまう恐れがあります。これまで欧米と東アジアとして対比される時は、日本と中国が一括りにされていましたが、中国人のコミュニケーションのパターンを見ていると、実はわりと欧米人に近いメンタリティがあるように思いますね」

異文化コミュニケーションの場面で生じた変化

第一弾、第二弾の実験では日本人同士、中国人同士のコミュニケーションを見てきましたが、木村先生が今年学会で発表した最新の研究では、日本人と中国人のペアを対象に日本で実験を行いました。

「状況としては第一弾と同じ、協調的なシーンでのコミュニケーションを、日本人と中国人留学生の初対面のペアを組んで行いました。その結果、第一弾の実験の時よりも中国人の笑顔と頷きが増え、視線の量は減っていました」

木村昌紀・毛 新華・小林知博による共同研究 (2021)を元に作成(※3)

グラフ項目の「文化内」は同じ国の人とのペア、「文化間」は日本人・中国人のペアで行った実験の結果です。「パーソナルスペースは、日本の滞在期間が長い中国人ほど広くなる傾向が見られました。今回の中国人参加者は、日本語を習得して日本文化にある程度適応している留学生なので、日本人に合わせていると考えれば当たり前かもしれない結果ですが、実験をすることで改めて確認できました」

冒頭のエピソードで、毛先生が普段の生活では日本人のパーソナルスペースに合わせていたのと同じですね。これらの実験結果から、日本に住む中国人の方々は日本語を習得するだけでなく、日本文化という異文化にさまざまな面で対応して生活していることがよくわかります。

「次の展開としては、第三弾の実験の逆パターンもやろうと思っています。中国に行って、中国にいる日本人留学生と中国人で、同じ内容の実験をする予定です。おそらく、日本人が中国人のコミュニケーションに合わせる形になるんじゃないかと予想しています」

はたして予想通りの結果になるのでしょうか? 第一弾の実験から10年以上にわたる木村先生と毛先生の共同研究は、これからもまだまだ続いていきそうです。

身近な人間関係が、国と国との関係にもつながっていく

これらの研究は、実験にも分析にもかなりの時間を要するため、一つの研究の成果が出るまで数年かかるそう。「研究にスピードが求められる中、びっくりするくらい実験の作業効率が悪いんです」 と木村先生は笑います。それだけの労力がかかっても研究を続けていく原動力は、どこから来るのでしょうか。

「日本人と中国人がお互いの共通点や相違点を理解することで、コミュニケーションが円滑になって、誤解や対人ストレスを少なくできたら、という思いがまずあります。もっと大きな話をすると、日本と中国は政治的には緊張感がある状態が続いていて、でも一方では草の根交流というか、観光や留学、ビジネスなどでの往来がとても多い。その人たちの間で円滑なコミュニケーションができていれば、国家間レベルでは緊張感があっても緩衝材になると思うんです。国と国のつながりも、土台は人と人とのコミュニケーションかなと思っていて、そうやって大きな対立が起きないようにできればというのが、僕と毛先生の願いです。日本人にも中国人にもいろいろな人がいて、今回紹介した研究結果はあくまで全体的な傾向についてのお話です。日本人・中国人だからと決めつけず、一人ひとりの個性に注目することも大切だと思います」

木村先生が続ける行動観察の研究は手間がかかるため、心理学の研究者たちから敬遠された時期もありましたが「テクノロジーの発展に伴う自動解析の活用など、心理学以外の分野からも再び注目されています」

今は日本と中国を対象に研究していますが、今後は北米など他の国にも対象を広げていきたいと木村先生は語ります。

「比較対象を増やすことで各国の位置づけを明確にしていきたいと考えています。今は僕と毛先生の他に、本学の小林知博先生や中国の共同研究者が加わり、アメリカの研究者からも協力すると声をかけていただいたりしています。そうやって少しずつ研究者間の異文化コミュニケーションを取りながら、実際の研究対象も広げていけたらと思っています」

木村先生のお話を聞いて、木村先生と毛先生の出会いから日中のコミュニケーションの研究が始まったように、身近な人との出会いや交流から異文化コミュニケーションの輪が自然に広がっていくと素敵だなと思いました。

そして、それぞれのコミュニケーションの違いを学んで知っておくことは、異文化コミュニケーションに臨む上で大きな助けになると感じました。

(ライター:藤原 朋)

【文中のグラフの出典元】

1「木村昌紀・毛 新華による共同研究(2013)を元に作成」のグラフ

  • 木村昌紀・毛 新華(2013)日本人と中国人の討議的コミュニケーションは何が違うのか?未知関係と友人関係を対象にした実験的検討日本心理学会第77回大会
  • 文部科学省: 科学研究費補助金・若手研究(B)「対人コミュニケーションの日本・中国間比較に関する実験研究」(研究課題番号 : 24730525

2「木村昌紀・毛 新華による共同研究(2016)を元に作成」のグラフ

  • 木村昌紀・毛 新華(2016)日本人と中国人は葛藤状況のコミュニケーションで何が違うのか?行動的役割演技法を用いた実験的アプローチ 日本社会心理学会第57回大会
  • 文部科学省: 科学研究費補助金・若手研究(B)「対人コミュニケーションの日本・中国間比較に関する実験研究」(研究課題番号 : 24730525

3「木村昌紀・毛 新華・小林知博による共同研究(2021)を元に作成」のグラフ

  • 木村昌紀・毛 新華・小林知博(2021)日本人と中国人はどのように討議的コミュニケーションを行うのか? -日本人学生と中国人留学生による討議の実験的検討- 日本心理学会第85回大会
  • 文部科学省の科学研究費補助金 基盤研究(C)「日本人と中国人の異文化コミュニケーションに関する実験社会心理学的研究」(研究課題番号: 16K04276

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木を見る西洋人 森を見る東洋人
思考の違いはいかにして生まれるか

リチャード・E・ニスベット著 村本由紀子訳
ダイヤモンド社発行 2004

西洋人と東洋人のものの見方・考え方がいかに違うのか、なぜ違うのかを科学的に解説してくれる本。「タイトルの通り、森を見た時に西洋人は木という要素に注目し、東洋人は森全体に注目する。西洋の分析的思考と東洋の包括的思考について論じられています。異文化コミュニケーションの中でギャップや違和感を覚えた時、こうした思考の違いが関係しているかもしれません」と木村先生。異文化理解の一助として読んでおきたい一冊です。

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