わからないから、おもしろい。Be inspired to know the unknown.わからないから、おもしろい。Be inspired to know the unknown.

神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ神戸女学院大学イメージ
Culture

何気なく使っている日本語を客観的に見つめ直す。日本語学の世界へようこそ

「さっき着いたばかりだ」と「さっき着いたところだ」。この2つの違いを説明することはできますか?
「家の前に3台の車が停まっている」と「家の前に車が3台停まっている」。この2つの違いはどうでしょうか。

日本語を母語とする人は、こうした表現を無意識のうちに使い分けています。でもほとんどの人は、どうやって使い分けているのか、どんな違いがあるのかを説明することは難しいのではないでしょうか。

今回は、日本語を客観的に見つめ直して分析する「日本語学」を専門とする、文学部総合文化学科教授の建石始先生のお話を通して、普段何気なく使っている日本語の不思議に迫ります。

PROFILE

建石 始さん文学部 総合文化学科 教授

兵庫県出身。神戸市外国語大学大学院外国語学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。鹿児島県立短期大学准教授を経て、2011年に神戸女学院大学に着任、2017年より現職。著書に『名詞研究のこれまでとこれから』(共著、くろしお出版)、『日本語の限定詞の機能』(日中言語文化出版社)などがある。

無意識に使う日本語を意識化して“外国語”として研究

日本語学と日本語教育を専門としている建石先生。日本語学では、現代日本語文法、特に名詞修飾表現や数量表現といったテーマに重点を置いて研究を行ってきたそうですが、具体的にはどんな研究なのでしょうか?

「名詞修飾表現については、例えば、いわゆる『こそあど言葉』と呼ばれる指示詞を思い浮かべてもらうとわかりやすいかもしれません。『この』『その』『あの』『どの』といった名詞を修飾する表現ですね。これらの指示詞がどのような働きを持っているのか、文の中でどのような役割を果たしているのかといったことです。簡単な例を挙げると、『この』と『その』と『あの』はどう違うのか、『この』と『こんな』はどう違うのか、などが研究対象になります」

最近では、小説や新聞、雑誌などの文章をデータベース化した「コーパス」という言語資料を用いた研究が主流ですが、建石先生が大学院生だった頃は、まだコーパスが普及していなかったため、すべて手作業で行っていたそうです。

「ひたすら小説を読んで、使えそうな例文があったら付箋を貼って、という本当に地道な作業をやっていました(笑)。今でも、研究室には付箋だらけの小説がいっぱいありますね」

研究対象の本は付箋でびっしり! 用例にあわせて色分け、貼る位置にも工夫をしているそう

日本語学において、建石先生が重点を置いているもう一つのテーマ、数量表現についてはどんな研究を行っているのでしょうか。そう尋ねたところ、「例えば、『家の前に3台の車が停まっている』と『家の前に車が3台停まっている』だったらどう違うのか、といった研究ですね」と建石先生。「え?『3台の車』と『車が3台』? 一緒じゃないの……?」と首を傾げていると、建石先生はこう続けます。

「『車が停まっている』だとちょっとわかりにくいですけど、『(前を走っていた)3台の車が捕まった』と『(前を走っていた)車が3台捕まった』だったら、もうちょっと違いが明確になってきませんか?『(前を走っていた)3台の車が捕まった』だと、前を走っていた車は3台で、その全ての車が捕まったというイメージですけど、『(前を走っていた)車が3台捕まった』だと、他にもたくさん車がある中で3台が捕まったという印象になりますよね。前を走っていた車が他にもあるのか、ないのか、といった違いが表れてきます」

なるほど……。今まで気にしたことはなかったのですが、私たち日本語話者はこういった表現を無意識で使い分けているんですね。

「日本語学では、無意識に使っているものを意識化していくことにも取り組んでいます。外国語を学ぶ時には、学習して文法や表現を身につけていきますが、母語の場合は無意識のうちに身につけて使いこなしているんですね。その無意識の部分を意識化していくことが、『外国語として日本語を学ぶ』ことにもつながると思います」

中国語話者が日本語学習で間違いやすい「日中同形語」

建石先生のもう一つの専門分野は日本語教育。「中国語話者のための日本語教育研究会」に所属し、中国語圏からの留学生に対して効果的な日本語教育の方法についても研究しています。

「日本国内の留学生のうち、約7割が中国語圏からの留学生だと言われています。そのため、中国語圏からの留学生に特化した日本語の教授法を考えることは、非常に意義があることだと考えています」

中国語と日本語はどちらも漢字を使う言語ですが、中国語話者が日本語を学ぶ上で、つまずきやすいポイントなどはあるのでしょうか。日本語を母語とする立場としては気になるところです。

「よく知られているのは、中国語の『的』という言葉を日本語の『の』に訳してしまう誤用ですね。中国語の『的』は形容詞、動詞、名詞をつなぐことができます。一方、日本語の『の』は名詞しかつなぐことができず、形容詞や動詞をつなぐことはできません。そのため、中国語話者の方が日本語を話す時に、『大きいの家』や『速く走るの人』といった誤用が生じてしまうんです」

確かに、「大きいの家」といった「の」の使い方を、中国語圏の人の発言の中で耳にしたことがあります。独特の言い回しだなと思っていましたが、そういう理由があったんですね。

「他にも、『日中同形語』と呼ばれる、日本語と中国語で同じ表記の単語も難しいポイントとして知られています。例えば、『大学』は日本語と中国語で漢字も意味も同じなのでそれほど難しくありませんが、同じ漢字なのに意味が違うという言葉は難しいです。例えば、『手紙』は中国語ではトイレットペーパーという意味になります」

同じ漢字なのに、意味が全く違ってしまうとは……。日本語を母語とする人が中国語を学ぶときも、同じことがいえそうです。また、こうしたつまずきやすいポイントを押さえておくことが、日本語教育の現場では役立つんですね。

「先日も、私の授業を受講している中国人留学生から、『先生の授業はいつも深刻ですね』と言われたんです。別に生命倫理とか社会問題の話をしているわけでもないし、“そんなにシリアスな授業じゃないんだけどな”と不思議に思っていたら、中国語の『深刻』には内容が深いという意味があることを後で知りました。そんなふうに普段の授業の中で気づかされることもたくさんあって面白いですね」

データベースを活用して類義表現を分析

建石先生は、日本語学習者に対する日本語教育文法の研究にも取り組んでいます。特に最近は、コーパスを使った類義表現の分析にも力を入れているそうです。

「私がコーパスを使った研究として最初に取り組んだテーマは、『~たばかりだ』と『~たところだ』という類義表現でした。実際にデータを調べてみると、『~たばかりだ』は『なる』『始める』『生まれる』『来る』といった変化を表す動詞と結びつきやすいことがわかりました。また、一番大きな特徴としては、『~たばかりだ』は文末で言い切りの形で使うことよりも、『生まれたばかりの赤ちゃん』といった『~たばかりの』という使い方が多いことがデータからも明らかになりました。これまでの日本語を学ぶ人を対象にした教科書や参考書にはあまり示されていなかったので、面白い気づきになったと思います」

コーパスを使った分析というのは、実際にどんなプロセスで行うのでしょうか。

「データベースに言葉を入力して検索すると、その結果をExcelファイルでダウンロードできます。それをプリントアウトして、一例ずつ見ていきます。『~たばかりだ』は約2000件、『~たところだ』は約8000件あったので、それをExcel上で並べ替えたり、プリントアウトしたりして、一例ずつ詳しく見て分析しました」

想像以上にアナログかつ地道な作業に驚いていると、「でもそれが結構楽しいんですよ」と建石先生。「1週間くらい研究室にこもって、データをじっくり見ている時間が、自分にとって研究の楽しい部分なんです」と笑顔で話します。

実は高校は理数科だったという建石先生。英文法を学ぶ面白さに気づいたことをきっかけに、外国語や文法を研究する道に進んだのだとか

「データを見て初めて気づく部分も多いので、まだまだわかっていないことや不思議なことがたくさんあると感じています。そういう意外性や偶然性に触れると、やっぱり研究していて面白いですし、もっと研究していきたいというモチベーションにもつながりますね」

研究の次の段階としては、日中同形語に着目して日本語のコーパスと中国語のコーパスを使った比較研究を行ったり、日本語話者のための中国語教育のことも考えたりしているのだとか。日本語学と日本語教育を専門としている建石先生ならではの研究が、今後もさらに発展していきそうです。

(ライター:藤原 朋)

もっと学びたいあなたへ

一語から始める小さな日本語学

金澤裕之・山内博之編
ひつじ書房 2022

「わーい」はいかにも話し言葉ですが、実際に「わーい」と発話することはほとんどありません。それは一体なぜでしょうか? そんなふうに一語に注目して分析を行う17の論文が収録されています。建石先生も執筆者の一人として、「大学生って生徒なの?」という論文を寄稿。「一つの言葉を深く掘り下げていくと面白い研究ができるという論文集です。普段はあまり研究の世界に触れることのない一般の方も、楽しく読んでいただけると思いますよ」と建石先生。さまざまな研究の切り口を通して、研究者の方たちの頭の中を覗き見できるような一冊です。

他の記事を読む

page toppage top