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Culture

あなたの服を作ったのは誰?ファッションをきっかけに知る、バングラデシュの光と影

あなたのクローゼットの中には、どんな洋服が並んでいますか?
そしてその洋服たちは、どこの国で作られたものでしょうか?

洋服に付いているタグを、一度チェックしてみてください。
おそらく最も多く見つかるのは「Made in China(中国製)」。でも中にはいくつか「Made in Bangladesh(バングラデシュ製)」が混ざっているのではないでしょうか。

実はバングラデシュは、2000年以降に著しい経済成長を遂げ、今や中国に次ぐアパレル生産大国となっています。H&M、ZARA、GAP、ユニクロといった世界を代表するファストファッションの服の多くが、バングラデシュの縫製工場で作られているのです。

安価で手に入るファッションの背景には、過酷な労働環境があるのではないか…と想像してしまいますが、そうした面もある一方で、近年は変化も見えてきているそう。約20年にわたってバングラデシュを対象として研究してきた、文学部英文学科准教授の南出和余先生に詳しくお話をお伺いします。

PROFILE

南出 和余英文学科 准教授

専門は、文化人類学・映像人類学・バングラデシュ地域研究。神戸女学院大学で学部生だった頃、NGOのスタディツアーで訪れたバングラデシュの子どもたちに魅了され、以来研究を続ける。「バングラデシュにおける次世代から見た社会変動の研究」において、2020年度(第35回)「大同生命地域研究奨励賞」を受賞。今後もさらなる活躍が期待されている。

労働環境を変えようと立ち上がった女性たち

「2000年以降、バングラデシュの経済成長率はずっと6%以上。いわゆる高度成長期が続いています」と南出先生。新型コロナウイルス感染症の影響が出始める直前には、8.5%もの成長率だったと聞いて驚きます。

「この目覚ましい成長を支えてきたのが、輸出型のアパレル産業です。経済成長の裏側で、多くの若者がアパレル工場で重労働かつ低賃金で働くという状況が続く中、2013年4月にラナ・プラザ崩落事故が起きました」

南出先生。バングラデシュの社会変動を追い続けている

ラナ・プラザ崩落事故とは、複数の縫製工場が入ったビルが崩落し、1100人以上の労働者が亡くなったという悲惨な事故。その多くは工場で働く若い女性たちでした。

「事故をきっかけに、建物の安全性をはじめとするコンプライアンスを見直す動きが海外企業の間で広がり、労働環境は改善へと向かっていきます。そしてもう一つ、改善の要因となったのは、労働者による組合運動。アパレル工場で働く女性たちが立ち上がり、労働組合を作ったのです」

ここで南出先生が、第15回大阪アジアン映画祭で上映された一本のバングラデシュ映画を紹介してくださいました。

映画『メイド・イン・バングラデシュ』(ルバイヤット・ホセイン監督、2019)。世界に女性の生き方を問いかけ、数々の映画祭で注目された(提供:ルバイヤット・ホセイン監督)

『メイド・イン・バングラデシュ』は、アパレル工場で働く主人公の女性が、過酷な労働環境を改善するため、同僚たちと労働組合を立ち上げようと奮闘する物語です。

大阪アジアン映画祭では、神戸女学院大学文学部英文学科が協賛上映という形でこの映画に携わりました。映画全編の日本語字幕は、英文学科の学生たちが制作。また、映画祭と英文学科が共催するシンポジウム「『メイド・イン・バングラデシュ』を考える」では、主人公のモデルとなったダリヤ・アクター・ドリさんをゲストとして招き、南出先生との対談を行いました。

南出先生(左)とダリヤさん(右)。組合(union)という言葉の意味も知らなかったダリヤさん。法律を学び労働環境を変えていった

「ダリヤさんのお話によると、この映画の基となったのは、2013年2月から4月頃に実際にあった出来事。ラナ・プラザ崩落事故の直後に、ダリヤさんが立ち上げた労働組合が正式に許可され、その後、他の多くの工場でも労働組合が作られていったそうです」

事故がきっかけとなったコンプライアンス強化の動きと、労働者の組合運動。この2つの要因から、バングラデシュの労働環境は改善へと向かっていったと言います。

改善の裏側で起こっていたこと

労働環境が改善されたというお話にほっとしたのも束の間、その後のダリヤさんはさらに厳しい状況に陥ったと南出先生は続けます。

「実は彼女が働いていた工場は、建物の構造上の問題があってコンプライアンスに対応できず、閉鎖に追い込まれてしまいました。ダリヤさんはその後、ヨルダンの縫製工場に出稼ぎに行くことになったそうです」

労働組合を設立したのに、結局職を失ってしまったとは…。でも、どうして出稼ぎに行かなければならなかったのでしょうか。

「バングラデシュで労働運動やコンプライアンス強化の動きがあったことで、より安価な生産地を求める多国籍企業は工場をヨルダンに移したんです。結局そこで働いているのはバングラデシュから出稼ぎに来る女性たち。しかも、異国の地で働く彼女たちを守ってくれるような労働組合や人権団体はなく、母国よりももっと大変な労働環境で働くことになってしまったそうです」

「多国籍企業って本当に底なしだなと思いますね」と南出先生。私たちが気軽に手に取っているファストファッションの裏側で、何が起こっているのか。多くの事実を知らずに過ごしてきたことを痛感させられます。

学生たちが目にしたバングラデシュの現在

日本ではあまり知られていない、バングラデシュのアパレル産業の現状を知るべく、現地を訪れた学生たちがいます。2020年2月、神戸女学院大学文学部英文学科では 現地実習プログラム「ファッション・フィールド・スタディ・イン・バングラデシュ」を実施し、8名の学生が参加しました。

「バングラデシュについて学ぶことで、自分の生活や価値観を見直すようなきっかけになればと、身近なファッションをテーマに企画しました」と南出先生は語ります。

学生たちは事前研修を経て、現地で9泊10日のプログラムに参加。アパレルショップや市場、縫製工場といったアパレル産業の現場のほか、民族衣装「タンガイルサリー」の織物工場、伝統工芸「ノクシカタ刺繍」の生産地も見学しました。

手織りのタンガルサリーの織物工場。早朝から夜遅くまで、織機の音が鳴り響く

ノクシカタ刺繍のショールーム。経営者のハリマ・デワンさんと

フィールドワークでは計4台のカメラを使用して取材・撮影。帰国後に編集した約30分の映像作品は、現在英文学科のYouTubeチャンネルで公開されている

「現地でグリーンファクトリーと呼ばれている、先端モデルの衣類工場も見学することができました。ラナ・プラザ崩落事故をきっかけに、建物の安全性や労働環境、地球環境への配慮など、様々な基準を設けた認証制度が作られました。その厳しい基準を満たし、認証を受けた工場がグリーンファクトリーです。医療室や託児所、食堂といった施設も完備されていて、日本から見ても驚くほどの素晴らしい環境でした」

設備の整ったグリーンファクトリー

グリーンファクトリーの認証を受けている工場の数は、バングラデシュが世界で最も多く、現在は400以上もあるそうです。労働運動や悲惨な事故を経て、アパレル産業の労働環境は大きく改善されているように見えます。


しかし、グリーンファクトリーができたことによる弊害もあると南出先生は指摘します。

「グリーンファクトリーでは、これまで人が行っていた作業の多くを機械化してコストダウンを図っています。つまり、労働者の数は減ることになるので、アパレル産業における失業者が増えているんです」

グリーンファクトリーができたことで失業者が増えたり、コンプライアンスが強化されたことで工場が他国に移転してしまったり。現状を知れば知るほどに、ある問題が解決しても、その裏側ではまた新たな問題が発生しているという難しい状況が浮かび上がってきます。

バングラデシュの人々が思い描く豊かな未来とは?

様々な問題を抱えながら、目まぐるしく変化してきたバングラデシュ。この20年、南出先生はどのようにこの国を見つめてきたのでしょうか。

「私は2000年から本格的に現地でのフィールドワークを行い、小学校に通う子どもたちを対象に研究を始めました。農村や都市部の貧困層にも初等教育が普及し始めたのが1990年代。私が対象としてきた子どもたちは、バングラデシュの教育第一世代とも言える世代です。その子たちをずっと追いかけて20年、今は彼らの多くが都市に出て、アパレル産業で働いています」

「彼らの人生にずっと付き合っているうちに研究テーマが広がっていったんです」と南出先生

そして南出先生は今、若者たちのある動きに注目していると言います。

「都市部で働く若者たちの多くが、いずれは農村に帰りたいと望んでいるんです。彼らは自分の村に帰ってビジネスを立ち上げ、村で生活したいという夢を持っています。地方から都市へ人が移住して、地方は過疎化が進むという事態が世界中で起こっていますが、この国ではそうならないかもしれない。世界の都市化、あるいは過疎化の問題を考える時、バングラデシュが今後一つの新しいモデルとなる可能性があると考えています」

都市から農村に帰る若者たちは、すでに現れつつあるのだとか。なぜ彼らは、帰りたいと望むのでしょうか。

「バングラデシュはデルタ地帯に位置するとても肥沃な土地。彼らにとって農村は豊かさの象徴で、誰もがポジティブなイメージを持っています。また、都市や海外に出稼ぎに行った若者たちが仕送りをすることで農村開発が進み、よりきれいに住みやすくなってきています」

また、人々が持つ価値観も影響しているのではないかと南出先生は語ります。

「彼らが大切にするのは、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさ。仕事は必要だけれども生きがいではなく、家族と一緒にゆったりと暮らせることが豊かさだと考えているようです」

お話を聞くほどに、私たちが知らないバングラデシュの一面が、まだまだたくさんありそうです。
最後に南出先生は、こんなふうに語ってくれました。

「バングラデシュがアジアの最貧国であったのは、1990年代の話。でも日本では、いまだに20年前のイメージが残っている印象があります。この国はすごいスピードで変化し続けています。ですから、イメージに囚われず『今は、どうなっているんだろう』とまずは関心を持ってもらえたらと思います」

変わりゆくバングラデシュには光と影の両方があると感じます。抱えている多くの問題は、日本で暮らす私たちの問題でもあり、バングラデシュが今後進む未来は、私たちが学ぶべき新しい何かを示してくれるのかもしれません。


ファッションという身近な分野をきっかけに、まずは関心を持ち、少しずつでも知ることから始めてみたいと思います。


(ライター:藤原 朋)

もっと学びたいあなたへ

バングラデシュを知るための66章【第3版】

大橋正明・村山真弓・日下部尚徳・安達淳哉編 著
明石書店発行 2017

ファッションをきっかけにバングラデシュに興味を持ったら、この国で暮らす人々についてもっと知るための一冊を、と南出先生がおすすめしてくれた本。研究者や開発実務家などさまざまな立場にある66人の著者が、バングラデシュについて多面的に紹介している入門書です。バングラデシュの目覚ましい経済発展の様子と共に、今もなお残る様々な問題、新たに生まれてきた問題についても詳しく描かれています。この国が抱える光と影を、より深く知る一助になるでしょう。

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